この連載は、筆者が2024年に悪性リンパ腫(血液のがん)を患い、寛解を経て会社を退職、いわゆるサイドFIREを選択した顛末を綴るドキュメンタリーです。全5回にわたり、一人の氷河期世代のおっさんの葛藤と決断をご覧いただき、参考にしていただけるところがあれば幸いです。
――営業会議とアサイン表、確信に変わる違和感
復職の条件は、週に数回行われる営業会議への参加、そしてリモート形式での勤務(1日7時間程度)というものでした。
体調を考慮した「ソフトな再起動」のはずでしたが、いざ実務に触れてみると、そこには想像以上に高く、分厚い「空白」の壁が立ちはだかっていました。
1. 営業会議で感じた「情報の断絶」
定期的に開催される営業会議に参加して、私は愕然としました。 会議の中で語られる営業活動の報告。そこでは私の知らない新しいプロジェクト名や専門用語、変化した市場の文脈が当たり前のように飛び交っていたからです。
止まっていた私の半年間を待ってくれることはなく、組織は凄まじいスピードで「新しい共通言語」を作り上げていました。
ブランクを埋めるためには、まず「半年前まで自分が何をしていたか」を思い出す発掘作業が必要です。その上で、さらに「今の新しい状況」をキャッチアップしていかなければなりません。 焦りや恐れが私を苛みます。
画面を見つめていると口の中が乾き、頭皮が妙に痒くなる。
ビジネスの感覚は戻らないのに、ストレスを感じたときに私の体に起こる不快なサインだけは、皮肉にも真っ先に戻ってきました。
2. アサイン表という「無言のプレッシャー」
もう一つ、私を追い詰めたのは「アサイン表(要員割当表)」でした。 縦軸に人名、横軸に日付が並び、誰がどの業務を請け負っているかが一覧できるこの表は、プロフェッショナル・ファームにおいては個人の価値を可視化する鏡のようなものです。
復帰した私の欄は、当面の間、スカスカの状態でした。 そこには「病み上がりの状態で可能なプロジェクト」や「自己研鑽」といった文字が並んでいるだけ。
もちろん、会社からは「今はそれでいい」と言われています。ですが、周囲のびっしりと埋まった予定と、自分の白い空白を毎日比較し続けるのは、無言のプレッシャーとなって私にのしかかりました。
3. 消えゆく「再起」の選択肢
「今は病み上がりだから」という免罪符は、一体いつまで許されるのか。 その期間が終わったとき、かつてのように案件が舞い込んでくる保証も、自ら案件を勝ち取ってくるための糸口も、今の私には見当たりませんでした。
この状況を全く気にしないでいられるほどの胆力は、私には持ち合わせがありませんでした。
組織が求めるスピードと、今の自分の状態。その間にある埋めようのない乖離を自覚したとき、「ここで再起を図る」という選択肢は、私の中から消えてなくなろうとしていました。


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