世界最大の専門家集団(Big4)を去った理由。病と資産形成を経てたどり着いた「自由」への決断

キャリア・生き方

はじめに

世界最大の会計監査の大手4社系列、通称「Big4」。 そう聞くと、多くの人は「高給取りのエリートが集まる場所」というイメージを持つかもしれません。確かに、私もそこで長年「企業の裏側」を垣間見るような、ヒリヒリとする現場で働いてきました。

しかし2025年5月末、私は一般的には恵まれていると言われるその立場を捨て、「セミリタイア」という道を選びました。

世間から見れば「もったいない」と言われるかもしれないその場所を、なぜ私は去ったのか。今回は、エリート集団の末席で走り続けてきた私が、退職を決断するに至った理由についてお話ししたいと思います。


1. 天才たちの影で、背伸びし続けた日々

Big4のオフィス。そこは文字通り、天才や秀才たちがひしめき合う場所でした。その眩しい集団の中で、私は常に「末席」にいる自分を自覚していました。

仕事の内容も常に時間に追われ、一歩間違えば大変なことになりかねないプレッシャーがあるものが多く、身も心もすり減らしていく日々でした。こうした過酷な環境を、能力的に余裕を持って涼しい顔でこなせる人であれば、また違った景色が見えていたのかもしれません。

しかし、残念ながら私はそうではありませんでした。少しずつ、けれど確実に自分自身が削られていく感覚を抱えながら、私なりに必死に食らいついていました。

2. 人生という時間の「期限」を突きつけられて

そんな日々の中で、2024年、私にとってまさに「青天の霹靂」というべき事態が訪れました。

悪性リンパ腫(血液のがん)の告知。 40代後半という年齢で、人生で初めて生命の危機に直結する病を患ったのです。

幸いにも治療はうまくいき、現在は問題なく過ごせていますが、再発の可能性は結構な割合で残っています。ふとした瞬間に、死が現実となった恐怖が頭をもたげてくることもあります。

この経験は、「人生は有限である」という当然の事実を、嫌というほど思い知らせてくれました。

これから先、いつ来るかわからない「いつか」を待ちながら、このまま会社勤めを続けるのか。限られた時間の中で、自分が生きたいように生きることが何よりも大切ではないか。そんな問いが、静かに、けれど力強く自分の中から湧き上がってきました。

3. 20年以上前から抱き続けた「独立」への渇望

私が「会社に依存しない生き方」を意識し始めたのは、大学生の頃に遡ります。

当時、商学部の学生だった私が夢中で読んでいた『ゴミ投資家』シリーズ。後に作家・橘玲氏の手によるものと知ることになりますが、その中で出会った「ファイナンシャル・インディペンデンス(経済的独立)」という言葉の響きは、当時の私にとって何物にも代えがたい魅力を放っていました。

子供の頃から「会社に首を切られたら終わり」というサラリーマンの危うさを、どこかでおぼろげに感じていたのかもしれません。家族や大事なものを守るために、倫理的に明らかに間違っていることや、どうしても我慢できないことでも会社に従わなければならないのか、という恐怖。そこから抜け出すための唯一の武器が、個人としての独立的な地位でした。

それ以来、私は相応の報酬をいただけるようになっても、家賃の安い住まいに住み、できる限りの節約をして資産を築くことを意識して生きてきました。2024年に病を得て、改めて足元を見つめ直したとき、ようやくその目標に手が届く地点まで到達していたのです。


おわりに

「人生の残り時間」を意識したとき、私にとっての正解は、会社という盾を捨てて自由な時間を取り戻すことでした。

もちろん、安定した収入を捨てることや、再発のリスクを抱えながら無職になることに不安がないわけではありませんが、限られた自分の時間を自分の意志で使うことに決めました。

また、せっかく独特の業界で様々な会社を見てきたわけですから、おもしろ話も含め、何らかのプラスになる情報を共有できれば。それが、今の私にとって価値のある時間の使い方だと信じています。

このブログ「文明くらっしゅ!」では、そんな私のフィルターを通した、忖度のない言葉を綴っていこうと思います。

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