この連載は、筆者が2024年に悪性リンパ腫(血液のがん)を患い、寛解を経て会社を退職、いわゆるサイドFIREを選択した顛末を綴るドキュメンタリーです。全5回にわたり、一人の氷河期世代のおっさんの葛藤と決断をご覧いただき、参考にしていただけるところがあれば幸いです。
――「簡易BS」が教えてくれた、卒業のタイミング
「命の価値」を再定義したとしても、現実問題としてお金がなければ自由を手にすることはできません。食べていけなければ、理想も何もあったものではないからです。
今回は、私が退職を決断するに至った「お金」の面、そしてサラリーマンとしての「出口戦略」についてお話しします。
1. 会計知識を使った習慣「月次簡易BS」
私は仕事柄、いつの頃からか自分自身の「簡易BS(貸借対照表)」を月次で作成するようになっていました。
初期の頃は損益計算書(PL)を作ったり、クレジットカードの負債残高まで記録したりしていましたが、資産規模が大きくなるにつれ、実質的な影響(今でいうタイパ)を考えて「資産の部」だけを記録するシンプルなスタイルに落ち着きました。
いつかは経済的自由(ファイナンシャル・インディペンデンス)を達成したい。そうおぼろげに願いながら資産運用を続けてきた結果、私のBSは着実に厚みを増していきました。
2. 働く理由が「相対化」される瞬間
毎月のBSを眺めているうちに、ある「変化」に気づくようになりました。
それは、資産運用による資産増加額が、会社からいただく給料を上回ることが珍しくなくなった、ということです。
人は「やりがい」や「自己実現」のために働くとよく言われます。それは否定しませんが、やはり一番大きな働く理由は「生きていくための給料を得ること」です。そこはどうしようもなく現実です。
しかし、自分の努力で稼ぐ給料よりも、資産が生み出す含み益や収入の方が大きくなってくると、仕事に対するモチベーションはどうしても失われていくものです。下手をすれば、たった1日の相場変動でボーナス並みの金額が動く。そんな状況を目の当たりにすると、「今の苦労に見合うリターンが、この給料にあるのか?」という問いが、無視できない重みを持って迫ってきました。
3. 「防波堤」としての資産
私が退職を本格的に考え始めた頃、資産はある程度の節目の額に到達しようとしていました。
この先何もしないで不安なく暮らすには足りない。けれど、もし再発という最悪の事態が起きたとしても、自分を当面守り抜くことができるだけの「防波堤」には十分なる。
「給料のために、心身を削ってまでこの場所に留まる必要はない」
積み上げてきた資産の額は単なる数字ではなく、「もう無理をしなくていい」という自由への許可証だったのです。
4. 退職という名の「出口戦略」
辞めると決めたとき、私の頭の中は極めて現実的なシミュレーションを開始していました。
- 消化しきれずに消えて(エクスパイアして)しまう有給休暇をどう使い切るか。
- 退職金、そして失業保険の受給を考慮した際、どのタイミングで籍を離れるのが最も経済的なメリットが大きいのか。
仕事で培ってきた計算能力を、自分の人生のためにフル回転させました。 その結果、導き出した最適解が「2025年5月末の退職」でした。この時期に決めることが、得られる「果実」を最大化できる。そう判断したとき、迷いは完全に消えました。
5. 数字の先に見えた、新しい景色
計算を終えた私の目の前には、これまでの人生では経験しえなかった新しい世界が広がっていました。
「ここからは、自分の時間を、自分のためだけに使える」
その確信は、資産額以上に、私の心を解放してくれました。資産の防波堤を築き、戦略を立てた先にあったのは、他人に時間を切り売りするのではない、本当の意味での「自分の人生」の始まりでした。

コメント