第1回:【連載】がんとFIREと私 #1:カメラをオンにした理由

がんとFIREと私

この連載は、筆者が2024年に悪性リンパ腫(血液のがん)を患い、寛解を経て会社を退職、いわゆるサイドFIREを選択した顛末を綴るドキュメンタリーです。全5回にわたり、一人の氷河期世代のおっさんの葛藤と決断をご覧いただき、参考にしていただけるところがあれば幸いです。

――2025年1月、画面越しの再起動

2025年1月。冬の低い光が差し込む自宅の書斎で、私はパソコンの前に座っていました。 画面に表示されているのは、ビデオ会議の参加待機画面です。

「参加」ボタンをクリックするまでの数秒間、私はモニターの隅に映る自分の顔を、どこか客観的に見つめていました。

前年の12月に抗がん剤治療を終え、ようやく寛解(かんかい)という診断を受けたばかり。命の危機は脱しましたが、身体にはまだ過酷な戦いの痕跡が色濃く残っていました。

髪の毛は、ようやく産毛のようなものがまばらに生え始めた程度です。眉毛も薄く、そこにはかつての面影はどこにもありませんでした。

ビデオ会議ですから、あらかじめ用意した写真を表示させることも、カメラをオフにして声だけで参加することも可能でした。

ですが、私はあえて「今の自分の姿」を晒すことを選びました。

それは同情を引きたかったからではありません。 主治医とも相談し、「当面定時内のみの段階的復帰」という方針を固めてはいましたが、相手はBig4というシビアなビジネスの世界に生きる人々です。

言葉で「まだ体調が……」と説明するよりも、この姿を見ていただく方が、私が今「以前の自分とは違うフェーズにいる」という事実を、何よりも正確に伝える「エビデンス」になると考えたからです。

接続ボタンをクリックすると、画面に二人の顔が並びました。

一人は、部門全体を管理する部門長です。彼はコンプライアンスを遵守し、表面上は気遣う言葉を口にしますが、同時に部門の成績に対して冷徹な責任を負っています。数字を持ってこない人間が組織でどう扱われるか、私は痛いほど理解していました。

もう一人は、個人的な付き合いもあり、私の身を案じてくれていた直属の上司です。

画面が繋がった瞬間、直属の上司が漏らした言葉が、その場の空気を決定づけました。

「・・・××さん、髪が・・・・・」

それは気遣い以上に、目の前の変貌に対する戸惑いが隠せない、いわば「ドン引き」に近い反応でした。

あえて姿を晒した「効果」は、確かに出ました。 部門長も、平静を装っている様子で、上司と私に対して事務的な質問をする以上のことはありませんでした。私の外見という「事実」を前に、医者の指示に従ったリモートワーク中心の復帰条件は、異例なほどスムーズに受け入れられたのです。

希望通りの条件で、私の「再起動」は決まりました。 ですが、画面を閉じた後に残ったのは、単なる安堵感ではありませんでした。

部門の収益の上では「コスト」でしかない自分。そして、私のキャリアは、出口の見えない場所へ差し掛かっている。 そんな重い予感だけが、静かに胸の中に残りました。

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